ビールは好きですよ。 | ◆今夜も枕投げ◆

ビールは好きですよ。

 用事の帰り道、母方の実家が近かったので、ちょっと突撃してきてしまいました。

 何も告げずに行くのも悪かったので、伺いを立てるために一度家に電話をかけてみる事に。

 電話をかけると普段は婆ちゃんが出るはずが、珍しく爺ちゃんが出た。苗字を告げるドスの効いた低い声。電話口の声を聞くのは久しぶりだけど、いつ聞いても凄い迫力だ。自分が電話勧誘の人間だったら即切りそう。

「ちょっと近所に来てて、顔出しに行こうと思うんだけど、今日お邪魔しても大丈夫?」

と今いる場所と共にその事を聞くと。

「……」

 都合悪いのかな?

「そこの南口のバス亭から乗ると一本でいける。」

 無言の肯定のようです。

 

家に付くと爺ちゃんが、いつものだんまり顔で出迎えてくれました。どうやら婆ちゃんは踊りの稽古に出ているようです。道理で電話もでなかったわけだ。

「飲んで」

 座ると目の前のテーブルに、ドシンとビール一瓶とグラス。や!爺ちゃんまで昼です!

「……」

 来て即、お酌の相手開始。

 爺ちゃんはその昔は…いや今も大酒飲みで、つい去年位に胃の手術をしたというのに

「ホテルの飲み放題で水割り10杯飲んできた」

 という位飲みまくる人なのです。

 そんな爺ちゃんの今の所の目標は、大分昔、弟の修学旅行で買って来た沖縄の地酒をそのうち弟と一緒に飲む事だそうで、未だに開封せず棚の奥に仕舞ってあるとの事(婆ちゃん談)

 爺ちゃんにビールを注ぎ、僕も飲み始めましたが、爺ちゃんは一杯でやめてしまい、俺に注ぐばかり。

 冷たく旨いビールで、あれよあれよという間に一本殆ど飲みきってしまいました。

 最後に注ぎ終わると、やっぱりいつものだんまり顔で、即座に冷蔵庫から出す爺ちゃん、栓を抜く爺ちゃん。

「風呂はいってくるから、飲んでて」

 や!ありがたいけど爺ちゃん飲まないの?

「ちょっと昨日まで風邪気味だったから今日は一杯でやめとく」

 一人酒開始。結果殆ど二本空ける僕。

 昼間からもうすっかり出来上がってしまいました。

 気付くと夕方、婆ちゃんが踊りの稽古を終え帰ってきました。


 一人でこっちに来るのは本当に久しぶりで、大体家族と一緒なので余り会話できないのですが。

 今日は本当にじっくりと、話をしたように思えます。

 婆ちゃん程の聞き上手で、人に慕われる人間を知りません。

 普段は殆ど聞き専門の僕が喋らされるのだから、そのレベルは本当に高いです。

 話をしていて思うのは、多分この人は今で言う計算型天然のタイプなんだろうなという事。

 酒が入っている状態とはいえ、ここまで喋べったのも、本当に久しぶりでした。

 そんな喋り上手な婆ちゃんと、だんまりな爺ちゃんが初めて会った時の話。

「お酒は嗜まれる方なのですか?」

婆ちゃんの家は皆大酒飲みばかりで、正直酒飲みにはウンザリしていたらしい。

そんな婆ちゃんに爺ちゃんは

「ほんの、少しだけです」


「もーほんっとだまされたわよぉー」

 と笑いながら婆ちゃんが言う。確かにほんの少しどころの騒ぎじゃあねぇよなぁ。


 爺ちゃんはある程度まで酒を飲むと、僕と同じように、途端に明るくお喋りになる。いつもダンマリの爺ちゃんが、普段とは全く違う、凄い勢いで喋り始める。

 多分爺ちゃんは、本当はこんな風に気さくに喋りたいのだろうなと。

 素面の状態だと、色々と思考がセーブして余り喋れないのだけど、酒が入る事で、その余計なものを捨てる事ができてようやく人並みに思った事を口にできる。だからお酒を飲みたくなる。爺ちゃんが酒を飲みたがるのはそういう事なんじゃないかな?

 といった事を二人の前で話してみた。


 婆ちゃんはいつも通り笑っていた。

 爺ちゃんを見ると、ふといつもの仏頂面が、なにやらほんの少し笑っていた。