オホウポップってあったよね。 | ◆今夜も枕投げ◆

オホウポップってあったよね。

 
上遠野 浩平
ブギーポップ・ミッシング ペパーミントの魔術師  

 高校時代、これを読んだ後に、その内容の衝撃から自分の人生観が少し変わった事を覚えている。しかしそれからしばらくたって、この作品が自分にとって、どのようにに衝撃的だったのかを思いだそうとすると、それがとんと思い出せない事に気付いた。特に内容についての記憶は曖昧で、只なんとなく『自分の特殊能力であるアイスクリームを皆に食べて貰う事で、人が救えると信じて頑張ったのだけど、結局だめで、主人公は全てを失ってしまう』という大筋をぼんやりと記憶している程度だった。

 近所の古本屋でこのシリーズは百円コーナーの常連になっている。この作品の第一作『ブギーポップは笑わない』はその頃の低迷していたライトノベルの環境を一新させ、一時代を築いた。その後の作家達に大きな影響を与えたそのシリーズは、以前は電撃文庫を代表する程の人気だったのだけど、今や勢いある新しい作品に追われて、その座を明け渡してしまっている。いつもだったら素通りするはずのその本棚なのだけど、ふとこの本がラインナップに入っているのが目に止まって、なぜあの頃この作品に衝撃を受けたのか、そしてなぜ自分がこの作品が、ブギーポップというシリーズの中で一番好きだったのかを確認するため、数年ぶりに手に取る事にした。

 これ一冊読むのに、以前は一日かかっていたのだけど、今は平均的なライトノベルの文量であれば三時間ほどで読めるようになった。少しはスピードが上がったんだなと、読みながら思う。


 読み終わって、昔の僕がなぜ衝撃を受けたかを理解できた。勘違いしていたのだ。話についての解釈は元より、自分自身についての解釈も。

 僕は主人公の特殊能力が、世界を救える能力だと勘違いしたまま読んでいた。頑張って救おうとしたけども、不幸な事にその能力を危険視した人々によって、彼は世界から排他される。そんな話だと勘違いしていた。ところが主人公は世界を救おうとなどこれっぽっちも思っていなかったし、そんな彼の能力も世界を救えるなんて物でもなかった。

 この勘違いに僕は勝手に共感していた。『自分は皆のためにやっているのに、なぜこんなに辛い目に合うのか』と、その姿を勝手に自己投影し、そんな自分自身をも勘違いしていたのだ。

 だが僕は人を救うどころか、人づきあいがまともに出来ていない落伍者だ。情けないのはつい最近までそんな本当の自分自身に気付いていなかった事だ。ここまで下手な生き方しておいて、どうして自覚できていなかったのか、ある意味褒めてやりたくもある。

 

 この作品のあとがきで作者は『失敗を恐れていままでと同じ安全策とっていままでと同じ失敗を繰り返すつーのが本当の失敗かも』と書いていた。逃げっていう安全策ばっかりとってきていた自分のツケが一気に回ってきているだけにぐさりと来た。もう安全策は使えないのだから、もうそれは捨て去らなきゃいけないのだろう。がんばろう。